生きているということ、それは。
左手にビールの缶を持ち、
私はPCの画面に向かう。
なだらかな日常。
とは、言えない気がする。
私は随分長い間、適当に生きてきたんだなと
ほとほと痛感した。
身勝手も、ここまで来ると最早私の一部に
完全に同化してしまって、なんとも憎たらしい。
在るべき常識がいつの間にか無くなっていて、
私は、私がどういった態度を取れば正しいのか、
全く分からない。
私がその人の手の内に居るのか、
それとも、私が全てを掴んでいるのか。
ふわふわとした物体に、おりゃと、体当たりをしてみても、
何ひとつ、返っては来ないし、
考えれば考える程、無駄の様な、そんな気持ちになる。
3回目の飲み会で、私はその人と付き合うことを選択した。
どちらから、という訳でもないが、
私はこの状況をとても気に入っている。
随分と長い間、私は身勝手な行動を続けてきたので、
「良いと言われてきた自分」の像、主に天真爛漫で身勝手な子、と、
「こうありたいと願う自分」の像、相手を思いやる素敵な子、との
葛藤の中で、悩みに悩んでいる。
前者は私にとって楽であったし、それを求める人も多かった。
ただ、結局続いていないのも事実。
後者は私の究極的な願望であるが、全く面白味に欠ける。
何より、自分でない気がする。
適当に生きていては、ダメなのかなと、
安易に自己否定をしてみたけど、私はそれ以外で
恋人に接する方法を知らない。
学生に戻った様な感覚で、身悶えし、
携帯の画面をずっと眺めては、正解を探している。
格好を付けてみても、結局は、
私は子供の頃から何も成長していない
独占欲の強い、独り善がりの、甘えん坊。
他人にも、自分にも、適当すぎて、
何も見えてなかったんだ。
私のシアワセなんて、おこがましく思えるけれど、
私が中心の世界では、それが全てなので、
なんだろう、この1秒1秒が狂おしい程に
私の下っ腹を熱くして、それを
解消する為にこうして、画面に向かっているんだろう。
ななめ後ろに居た影を追う私。
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